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名前の由来から探っていくことにしましょう。これを理解するために、少し面倒な英語のほうも説明していかなくてはいけません。
皆様は今、病院へ行けば抗生物質と呼ばれるクスリが簡単にもらえると思います。この抗生物質のことを英語では、anti-biotic(アンチ-バイオテック)といいます。anti(アンチ)とは対抗する、抵抗するという意味があります。bio(バイオ)とは、生物という意味があります。また、tic(テック)はtechnology(テクノロジー)をもじったもので技術という意味があります。anti-biotic(アンチ-バイオテック)とは、これらをつなぎ合わせて作った造語になります。全部合わせて病原性微生物の繁殖を防ぐという意味でつかわれています。
それに対してpro-biotic(プロバイオテック)のpro(プロ)は、親しい、支持するという意味があります。つまり抗生物質のanti(アンチ)の反対語として造られた言葉です。後半
のbiotic(バイオテック)は、前述と同じ意味です。
だから、抗生物質と訳してしまった日本語には匹敵する言葉がないために訳せなくて、そのままの音をカタカナでプロバイオテックと名づけて商品に載せてあるわけです。これは、抗生物質と反対に乳酸菌などの微生物の力を借りて健康になろうというものです。
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では、anti-biotic(アンチ-バイオテック)の歴史から見ていきましょう。
1928年イギリスのセントメリー病院に勤めていた細菌学者であるアレクサンダー・フレミングは、病気の原因であるブドウ球菌の研究実験を行っていましたが、ある時、ふたを閉め忘れたシャーレのところに菌が繁殖していない場所を見つけました。 これを調べてみるとアオカビが生えており、これを見たフレミングが黄色ブドウ球菌を殺す何らかの働きをするのではないかと考えました。このヒラメキがまさに、初めて世に出たペニシリンの始まりになります。
もちろん、カビのままではつかいものになりませんから、何百回も精製を繰り返してペニシリンというはじめての抗生物質に至ったわけです。抗生物質とは、微生物から作られる物質が他の微生物の発育を阻止するものです。アオカビの生産物が、皮膚の化膿の原因である黄色ブドウ球菌や緑膿菌を殺してしまうのです。
抗生物質の研究は、1938 年ごろからペニシリンの純粋分離の研究に着手したイギリスの H.W.フローリー、E.B.チェーンが 〈 ペニシリンの再発見でフレミングとともにノーベル賞を受賞
〉、微生物が作り出す物質の中には強力な抗菌作用を持つものが存在し、その物質が治療薬になるのではないかという考えを基に始められました。
ペニシリンは、大量生産され第2次世界大戦では、戦場で細菌による感染症から多くの兵士の命を救いました。
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イギリスの細菌学者 フレミングが
アオカビの発生にヒントを得て
開発したペニシリンが
抗生物質の元祖。
微生物が作り出す物質の中に
強力な抗菌作用を
持つものが見つかり
多くの人の命を救いました。
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日本でも戦前までの死亡原因の1位を占めていた結核が、アメリカへ移民して来たロシア人のワクスマンによって、1944年に地中の放線菌からストレプトマイシンが分離され、結核は治る病気となり、さらにこれを発展させたリファンピシンが1973年からつかわれるようになってからは、もはや不治の病ではなくなりました。
このワクスマンが、anti-bioticつまり抗生物質という名前を提唱しました。ワクスマンには、もちろんノーベル賞が授与されています。
これ以降、現在までに発見された抗生物質の数は 4千 を超え、3 万以上の誘導体が作られて50 以上のものが臨床的に使用されています。この抗生物質のおかげで人間には絶対に治せないと言われていた、コレラ、ペスト、赤痢、腸チフス、肺炎、結核、梅毒、淋病などの細菌が原因でかかる病気が治せるようになりました。
つまり世界中で細菌による感染症が原因で死亡していく人々の命を救えるようになったのです。このために、これまでの世界の平均寿命が50歳前後であったものが、1960年ごろから急激に延びてきました。
今やこの抗生物質の使用範囲は人間のみならず家畜やペット、養殖の魚にまで及んでいます。抗生物質の力は魔法のクスリのように一般に考えられてつかわれてきました。
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不治の病だった「結核」を治す
ストレプトマイシンを発見した
ワクスマンもノーベル賞受賞。
そのワクスマンが「抗生物質」
【アンチバイオテック】
という名前の提唱者です。
抗生物質の使用範囲は動物にも…。
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これに対して、1908年にノーベル生理学賞を受賞したロシア人のメチニコフが、ブルガリアのモーリアン地方を訪れて、そこに住む人々の多くが百歳を超える長寿であることに注目しました。
そして、彼らの食べているヨーグルトがその役割をしていると発表しました。そして、ヨーグルトの中の乳酸菌が長寿の鍵を握っていると結論づけました。そして、それまで中近東や東ヨーロッパの一部でしか食べられていなかったヨーグルトを、自分で会社を作ってまで世界中に広めました。ノーベル賞受賞者であったメチニコフがヨーグルトを紹介したため、ヨーロッパをはじめとする多くの国で食べられるようになりました。
また、このブルガリア菌を含むヨーグルトは、欧米だけに留まらず日本でも売りに出されています。
抗生物質の劇的な成果に比べて、メチニコフの提案は、当初あまり注目を集めませんでした。しかし、1970年代になってから抗生物質などをいくらつかって適切な治療を行っても良くならない患者に乳酸菌をつかい免疫力を高めて、この人たちを元気なからだにしようという考えが出てきました。これが現在のプロバイオテックの起こりです。
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プロバイオテックは、腸内細菌のバランスを保ち、からだによい影響を与える生きた菌とそれを含む食品を活用し、健康を守ろうというものです。
いわゆる腸内の善玉菌で、この代表的なものがヨーグルトなどの乳酸菌を利用した食品です。それならば、日本にも納豆という優れものがあり、これにプロバイオテックと名前をつけてもいいのではないか、と言われる方もいらっしゃいます。
そのとおりです、納豆菌も優れたプロバイオテックと呼んで差し支えありません。そのうち、納豆にもこの名前がつくかもしれません。
…次回へつづく
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腸内の善玉菌 は
ヨーグルトや納豆
に多く含まれます。
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